2018
03.12

いつかは、このような日が来るはずだと怯えていたことは事実であります。

神戸のことであります。

二年前、十傳スクールを始めるにあたり、危惧していたことは、交通機関の乱れでありました。

「もしも講義に遅れたらどうしようか…」
つねにコレが頭にあり、幸いなことに18か月間、スケジュールを順調に消化しておりました。

ソレが、であります。
最終回の3月11日。講義を終え、いつものとおり…いや、予兆はあったのかもしれませぬ。
いつものように水杜先生と、明石焼きを頬ばりましたが、〆に楽しみにしていたトコロテンが、この日に限って「売り切れました」というのです。

で、新神戸に着いてみたら、新幹線がストップしているではありませぬか。2時間以上もであります。

名古屋で乗り換えましたが、小田原駅に止まる新幹線は、すでに出てしまった、というのであります。「静岡からこだまに乗り換えてください」の駅員を信用しましたら、静岡のこだまは動かず、小田原から茅ヶ崎に向かう普通東京ラインの最終に間に合わぬことが分かったのでありました。

いままで、スケジュール通りに進んでいたツケが、ここで出たのだと思いました。
「まるで従殺格破格の如しだな、これは」

四柱推命での特別命式に従殺格なるものがあり、幸運と命を引き換えにしているよーな命であります。
幸運に包まれた生活が、破格を境に悲惨な出来事が連続し、ついには命の危険にさらされるという極端な運命を搭載している命でございます。

「破格となると、どうもがいても無駄ですな」
私メは、すべてを諦め、
「こうなったら、運命を楽しもう」
と心を決め、
「北海道にでも行ってしまおうか」

動かぬこだま号の通路をはさんだ座席に、美人な人妻風なお女性が、ちらちらと視線を泳がせてもいましたし。ごいっしょに破格しましょうか…。

自宅に帰りついたのは午前1時を回っておりました。

運命を知るうえで、なかなか有意義な、日なのでありました。

そして、5月から隔月での「四柱推命接続科+遁甲」の開講が決定いたしましたです。

2018
03.11

これが、最後かもしれないと、小田原から新幹線に乗り、神戸に向かったのでありました。

神戸での断易および、四柱推命初等科の最終回がきたからてあります。

五月から隔月で、四柱推命接続科を神戸でも開催する予定ですが、受講者が、まだ三名ほど足りず「ふーむ」
思案しているところであり、
「これが最後かもしれない」
という気持ちになるわけであります。

最初の講義から18か月が経過しているのであります。
スタートしたものは、それがなんであれ終わりが来るのでございます。

佐川財務長官が辞めるというニュースがどこからか聞こえてきました。
福島出身の佐川といえば、会津藩家老の佐川官兵衛の一族であろうかなど考え、
「またしても会津は薩長に利用されたか」

そしてまた、震災七年目というニュースも目に飛び込んでまいりました。
神戸も震災を経験した街でありました。

ゆるい偶然が微笑ましいのであります。

さあ、どうする神戸よ。

2018
03.09

久しぶりに道場に赴いたのでありました。

28才の若造に、50数余回対戦し、一度も一本も取れずにいて、スッキリしなかったからであります。

ちと長めの袴を着用いたしました。

こやつに勝つための秘策を冬の間、思考していたのでありまして、長袴は、その秘策のひとつ。

秋から冬は、いろいろとございまして、痛風にも見舞われましたが、このところ、親指の具合が癒えまして、時がきたことを知ったのでありました。

さて、いつものよーに、奴は正眼。私メも正眼。
ここで奴は、小手を打ちに来て、やられていたので、間合いをひろげて立ち会いました。

そして、むかで。むかで。むかで。ムカデ。百足。

するとキャッの目にわずかに驚きの色が、面の鉄格子ごしに見えました。いつの間にか、間合いが迫っていたからでありましょう。彼奴が後退しよーとした、その隙をついで、抜き胴を決めましてございます。

四段者からの初めての一本。
つづく二回目も連続して一本。

師範が
「どーしました?」
との声に、
「いやいや」

占いもまた、じわじわと考えているうちに、いつか突如として、急速の進歩を見せるものでございます。
ちょぴちょびと上達するのは嘘であります。

開花には個人差がございますが、かならず自分なりの方法を見つけ出すのでございます。

すべて春風の如し。