2025
09.16

帰りの東海道線で、「へんに疲れた…」と振り返りましたら、鑑定の前に、断易初等科Bの補講の録画撮りをしていたためだと気付きました。

断易初等科Bは13日に最終回でしたが、テキストをあと3ページ残したところで終了したのでした。講義の延長も考えましたけれど、鑑定が控えておりました。また消化すれば良いと急ぐと、講義がテキトーに流れてしまいます。
なので、次回、断易初等科Cの1回目に回すことにしたのです。

が、どーにも気になってしまい、「では補講という形で」と1時間ほどの録画撮りをしたのでありました。

完璧主義なのではございません。
生き方はかなりいい加減であります。
ただ以前から時間だけは正確でして、遅刻した記憶はほとんどございません。
それはイイとして、相手にも時間厳守をもとめます。待ち合わせで待つことは10分以内として、10分しても相手が来なかった場合は、その場を去ることにしておりました。

それが病だとすれば、年齢とともに重病化しているのかもしれませぬ。

まぁ、断易初等科Bでテキストを消化できなかった理由は、埋蔵金探しの話など無駄話が長引いたためでもございます。

また断易は私メにとって重要な占いであります。
大切な占いなのであることが、年々、肩にのしかかるよーに自覚しているのであります。

とにかく、補講を終わらせて良かったと、ホッとしているのでありました。

2025
09.15

宮沢賢治は、「一日に玄米二合と味噌と少しの野菜を食べ…」と書き、「そういう人に私はなりたい」と締めていますが、
私メはイヤであります。

そーいう人にはなりたくございません。

貧乏ならともかく、生家は質屋をいとなみ、生活は裕福だったらしく、いやだからこそ、ミジメな暮らしに憧れていたのかもしれませんね。
私メも、学生の頃、四畳半ソングが流行し、赤電灯の灯る貧乏な暮らしを夢みたこともございます。

しかし、質素=誠実みたいな公式にある、この̪詩はいただけませんです。
彼が熱烈な法華経の信者であり、作品のすべてを法華経臭さが漂っているところも、私メをイラ立たせるのであります。すこし、過大評価では…とも思いますです。

生涯童貞をつらぬいたところが、ミジメな生活を賛美する精神が作品全体に沁みわたっているのであります。
それならまだイイ。
ミジメな生活の向こうに、しやわせがあるという禁欲主義的な思想に、怖気を覚えるのでございます。

作品が人気があるのは、もしかすると日本人のほとんどが貧乏であり、日本人のほとんどが貧乏のまま向上心を持たない人種だという証なのでは…と悲しく、いや嫌気が心に生まれるのであります。
つまり嘘をついて生きているのだと。

などと、いただいたタラバ蟹の脚を貪りつつ考えるのでありました。

 

2025
09.14

断捨離の言葉がずいぶんと長生きしております。
一時的な流行かと思ったら、TVなどで、いまだに、捨てられない家庭に断捨離師みたいな人か入って、パカパカと捨てる指導をしているのでありますね。

しかし、私メは「捨てられない」派だと自認しております。

画像のジーンズもどうよう。
完全に履き潰しております。
これで若いのであれば、オヒャレかもしれませんが、私メでは、痛いジジイとなってしまうのであります。

だからと言って「捨てる」選択は持っておりません。
短くカットして、他はパリッとした服を羽織れば、痛いジジイに分類されることはないのではないか。
いやいや、「痛かろうが痛くなかろうが、気に入ったものを履くのは自分の勝手である」。なのであります。

ジーンズの他にも、襟ぐりがほつれて綻びた真っ赤にトレーナーとか、肩口がびりびりに破れたピンクのシャツもございます。

もしも万が一、若いお女性と暮らすよーなことがあれば、真っ先にボロ服を捨てられ、「出て行け!」となるだろうなぁと白日夢を見ているのであります。