2012
06.04

まずは十傳事務局からのお知らせであります。
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十傳クラブの皆様へ
当クラブでは毎日、朝と夕にメールを配信しております。
クラブに登録された方で、メールが届いていないケースがありますが、
それは、おそらく迷惑メールの受信拒否をしているか、「なりすましメール」と勝手に判断されていることが考えられます。

メールのセキュリティ設定に、
『プロバイダなどの「メール転送サービス」や「メーリングリスト」を経由したメールは、
なりすましメールとして受信拒否されてしまう場合があります。
その際は、受信したいアドレスを「救済リスト」に設定して下さい。』

以上、よろしくお願い申し上げます。
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さてさて、先日、せっかく結実した、ミカンの実がこのようになってしまったのでございます。

調べましたら、たくさんの虫どもが葉といわず茎といわず貼りついておりました。

易者である私メは、ここに運気の変化を直感したのでございます。

「何かが変わるであろう」
それは仕事かもしれませぬ、お女性なのかもしれませぬ。
とにかく何かが終わり、何かが始まる予兆なのであろうと。

仕事は12星座の原稿をほぼ脱稿し、それなのかもしれませぬ。
お女性は…。

しかし変化を愉しむ身なれば、それはそれで結構なことなのでございますです。

季節が移り変わるように、いや移り変わらなくても、小さな自然現象を細やかに観察し、身の回りの、起こるだろう変化に対応するのは、易者としての楽しみの醍醐味ともいえるのであります。

色をさまざまに変えながら咲く紫陽花が、その花弁を不気味に開き始めております。

花や実に限ったことではありませぬ。
日常のそこここに予兆となるものは多く点在しているのであります。

初デートに向かう車両が故障し、一時的にも電車が止まったときなどは、その恋は自分にとって悪い方向へと作用することを知らせるモノであります。

信号がつぎつぎに青になり、いちども赤信号で止まらずに目的地に到着したときは、何か大きな幸運の前触れといってもイイでありましょう。

こたびの如く、実が落ちたときは、「いつまでも現状に固執せず、新しい未来へと踏み出せ」というメッセージと受け止めて間違いはございませぬ。

この年齢になって「未来」の二文字は気恥ずかしいのでございますが、新しいお女性と置き換えると、ついニヤケ顔になっても悪くはありませぬですね。

とは申しながら、残ったいくつかの実の、ひとつらいはちゃんとした蜜柑に育てたいのでございます。

まあまあ、皆様もたまには周囲をご覧くださいまし。

が、夢判断と同様に一見、悪しき現象のように思えても、じつは別の意味が隠されているものですから、いたずらに怯えてはいけませんですよ。

2012
06.03

アワビであります。

昼に、それは不味い不味いつけ麺を食って、いささか調子を崩しておりましたところ、宅急便の使者が、このようなお届けモノをもって参ったのでございます。

「うわっ!」
開けてビックリでありました。

具合がどーのといっている時ではございませぬ。

生きの良いうちに食わねば天罰が当たるというモノ。

じつは、去年の震災でショックだったのは、アワビが食えなくなったことだったのであります。

三陸海岸の久慈と宮古の中間あたりに、漁師しか知らないアワビの浜があったのであります。
崖っぷちの小径を降りて浜に出ますと、隣の浜までつながる20メートルほどの洞窟がございました。
その洞窟の向こうに、漁師小屋がありまして、ちいさな浜には、早朝になると荒波でアワビが打ち上げられるのであります。

30個ほどはカンタンに捕れ、それを素手ではがして喰らうのであります。
身の部分は、五個も食うと甘すぎて飽きてしまいます。
肝だけをむさぼったものでした。

が、震災で、その浜はダメになったとか。

こうやって肝……岩手県では肝を屠汁と呼ぶのでありますが、その屠汁をからめて口に入れますと、何ともいえぬ磯の香りが口内に広がるのでございます。

ムズムズ……。

いまになって効き目が出てきたようであります。
これは仕事が進む…いや進まない…。

そのようなことはどうでもいいのであります。

久しぶりに大富豪になった気分なのでありました。

ちなみに、いまでは効き目が弱くなりましたが、若い頃は、貝類とか、マグロのトロを食した二時間後に、やはりムズムズと効力が出たモノでありますです。はい。

2012
06.02

思春期の頃、父の母、つまり祖母には、とても心配をかけて育ったようです。
「根性」の文字の壁掛けとか「希望」という掛け軸をことあるごとにもらったモノでありました。裏を返せば、それら根性や希望のないガキたったことになるのであります。

なかでも思いで深いモノに祖母の直筆の「あすなろ」の詩がのであります。
「♪あすなろ、あすなろ、明日はなろう~♪」という例のヤツでございます。
が、あすなろの木というのは、クスノキだったかを目指しながら、結局はクスノキになれない二流選手の悲哀の内容なのであります。

祖母がどういう思いで、この詩をしたため、私メに贈ったのはさだかではありませぬが、ニセモノに対してけっこう惹かれるのは、やはりアスナロ止まりだからかもしれませぬ。

南十字星の、右側に大きく十字型の星座がございますが、それが「ニセ十字」なのであります。
正しい南十字星は、八十八星座の中でもっともちいさな星座。しかし天の南極と結ばれ、航海には欠くべからざる星座だったのでございますです。

この南十字とよく似ていたために船人を惑わし、だから呪いを込めて「ニセ」の名称を冠したのでございましょう。

百人一首に、
「由良のとを渡る舟人かぢをたえ、ゆくへも知らぬ恋の道かな」
と曽禰好忠が詠んでおります。
『潮の流れの速い由良の海峡を渡る船頭が船の舵を失くしたように、この先どこへ流れていくか分からない恋の行く末が不安でたまらない』
という意味なのでありましょう。

安定して正しく着地する恋は、若い頃はそれが正当な恋愛だと考えたりするものでありましょう。

しかし、いっていの年齢を過ぎた頃から、正しいと思われる恋は味気なく感じますです。
社会的に認めらる恋愛など、それこそがニセの恋なのではなかろうかと。

不道徳な擬似恋愛のなかに、じつは鮮やかな恋が隠されているのではないかともおもったりいたします。
泥のなかから得体のしれない真っ赤な川虫が棲んでいいるように。

ニセ十字星を羅針にしつつ、恋を愉しむのも趣のあることかもしれませんです。

日本からはニセ十字星が眺められないのは、とても残念なことでございます。