2021
02.26

老母に、
「ソフトクリーム喰いてぇ」
と頼まれましたので、小岩井牧場の奥にある、その場所までクルマを走らせたのであります。
老母は大のソフトクリーム好きでありまして、数年前、団体旅行で高速のパーキングで買い求めたソフトを、敷石にけつまずき左手首と右足を骨折しながらも、ソフトを手放さなかったほどでございます。

「五輪やるところだべか」
私メが手渡したソフトが聖火に似ているというのでした。

それから、
「コロナのワクチン接種したぐねな」
老母の説によると、ワクチン接種すれば、国民全員が陽性になるから、その時点で毎日の感染者数は発表しなくなるだろう。とすれば五輪の開催は容易になるだろう。平成天皇を早々に隠居させたのも、急死されたら五輪がオジャンになるから。東日本大震災の復興が遅れているのも、
「んだって、復興させてしまったら、東北人の安い人件費で競技場を建設できねべや」

それから、ソフトをひとなめしてから、
「何かあるべな」
そったにしてまで五輪を開催しなければならないってのは。政治家が国民を守るはずねのは常識だえん。
目玉が灰色に染まりだすのでありました。
「あんたも(私メの事)歴史を勉強したんだば、それくれ分からねば」
ははぁ~。なのであります。

むかしから恐ろしいお方でありました。
いまの私メは師匠もすべてこの世を去っておりますから、まずは恐れる存在はおりません。
好き勝手放題を言っても、たしなめる存在はおりませんです。

たった一人、この老婆が恐ろしいのであります。神楽坂の事務所の仕事場に、老母の若かりし頃の一枚を、遺影として飾っておりますのも、どこかしら畏怖の念があるのかもしれませぬ。
「はやく死んでくれればスッキリするのに」
いつかその日を迎えるでしょーが、なかなかしぶといのであります。

92歳なのですが、耳が良く、記憶もシッカリしているのであります。
若いころに問題を起こした女子生徒の名前をまだ憶えています。
また、友達のいない私メを心配していたので、佐藤君という架空の友達をでっちあげ、安心させたのでありましたが、そんなことなどとっくに忘れていてましたのに、突如として、
「佐藤君は元気だえんか」
「佐藤くん? 誰それ」
「いっつも話してけでらえんちぇ。冷てんでねの、友達を忘れるとは。女の子の尻ばかり追いかけてるからそーなるんのさ」
思い出すのに苦労いたしました。

亡父と夫婦喧嘩をしていたときも、
「そんだば結婚する時と約束違う。そういうつもりで嫁いだんでないよ」
口論の内容はともかく、
オノ家はすでに女性蔑視は許されていないのでありました。

弟と東京に来たことがあり、都会に委縮して下ばかり見ていた弟に、
「あんや同じ人間でねのか。なさけね人だごと。背中を伸ばし、まっすぐ前を見なさい」
渋谷の繁華街で目を灰色にして叱るのでありました。

同じ人間かぁ…。

妹などは「鬼!」と呼んでは、「ホントの鬼がどったなものか教えてやるべか」と逆襲されておりましたです。

私メが遅寝早起きなのも、
「あんや、時間もってねぐね。寝るのは死ぬ時でいんでねのっか」
こういわれ続けたからに相違ございません。

おそるべし老母でございます。