2023
08.27

いつのまにかラーメン屋の前に来ていました。
開放感と後ろめたさの混じったモリオカでの出来事に、精神が疲れていたのかもしれません。

ためらうこともなく、ごく自然にガラス戸をあけました。
「お一人さまはカウンターでお願いします」
少し奥の席に着席いたしました。

蘭丸さま…。

調理場や、洗い場、そしてレジをそれとなくうかがいましたが、ジェンダーの蘭丸さまの姿はありませんでした。

最後に見たのはいつでしたっけ。
やや薄汚れた白の調理服。いやそれよりもオッパイが大きくなっていたことに驚いたものです。
なによぅ、となじるよーにすぼめた目には、愛情のひとかけらもなく、迷惑そーな雰囲気だけしかありませんでした。
なので遠慮をしていたのであります。
でも、老母を追放しよーという残酷の前に、私メは怖いものなどなにもないのでございます。

どこまでも私メを拒否するならば、こっちにだって考えがございます。
素っ裸にひんむいて、蘭丸さまは、じつは男なのだということを衆目に晒すことだって厭いませぬ。

が、冷風麵の皿の紅ショウガのかすを口に入れ終わっても蘭丸さまの姿はないのでありました。

「ここで働いていた…」
自然に声が出ました。
「眉の先が二股に分かれていた…」
そこまで言ったら、店のオヤジが、
「ああ、いないよ。辞めたよ」

そしたら若い店員が、
「八幡町あたりで働いてるよ、飲み屋で」
変な歪みが口元にはかれておりました。

八幡町は色街であります。
いまでこそ清潔になったといえども色街の名残は色濃く残る町。

ぶらぶらと八幡町に足をのばしましたです。
いかがわしい店が軒を連ねております。

ヤバイ客に何をされているのか。
急に夜の暑さが、心臓をとらえ、息苦しくなるのでした。
朝まで、この一画でたたずんていたら、もしかしたら逢えるのではないか。
逢ったら、もう離すものか。
実家の屋敷にとじこめて、肌が赤くただれるまでタワシで洗ってやろう。

汗がしたたり、夜の始まった八幡町の路面に黒くしたたり落ちるのでありました。