2011
09.19

岩手県には、地元の人間にもあまり知られていない秘湯が多く存在するのであります。

ここも、そのひとつ。
トンネルを抜けると、そこで道は尽きるのであります。四軒ほどの粗末な旅館があるばかり。
しかも10月から4月までは道が閉鎖されるので、温泉も店じまいというのです。

公衆便所とか整備されましたが、40年前とほとんど変わってはおりません。
学生時代の頃と同じ空気なのであります。

お湯がそのまま滝となって、目もくらむような滝つぼへとなだれ落ちているのであります。

人は絶え、無人なのでありました。

むろん温泉で働く数人はいるはずであります。
しかし、人の声もしないのであります。

旅館は、1軒をのぞいて3軒はすべて自炊式。一泊2千5百円なのであります。
泊ると隣の部屋の話は丸聞こえ。
カップル同士では、翌朝。すこし恥ずかしいかもしれません。絶叫した場合も、声を押し殺した場合でも。
湯船は非常に粗末であります。
江戸時代につくられたような木づくり。そこに、外からそのまま湯が流れ込むのであります。途中で、いちどミカン箱をくぐらせるのは、湯の中の灰を沈殿させ、湯船に入れさせないための素朴な工夫なのであります。

これはカモシカの骸骨。
白カモシカがいまして、それがある年の夏に山で死体となって発見されたとか。その白カモシカの骸骨であります。

盗みたい衝動を必死でこらえたのでございました。

なんと麗しいガイコツであることか。

モリオカ市より、気温が10度ほど低く、すでに晩秋のたたずまいなのでありました。

ここに一週間ほど泊ったらどうなのかと想像いたします。
自炊式旅館なのはイイのですが、最寄りの店まで15キロも離れておりますです。

ナナカマドの実が朱に色づいておりますです。
北国の少女の乳首のごとく。

誰にみせるために、このような山奥のひなびすぎた温泉地で、美しく実をつけるのでありましょうか。

「ぼやぼやしてたら、オレが奪いとってしまうぞ」
誰にいうこともなく、心でつぶやき、ひとりでニタッとするのでありました。