2022
01.12

人間の心には、目に見えないものに対する恐れがあるよーであります。

受験期になると、合格祈願の、画像のよーな風景が神社などで見かけられます。
これを、
「バカだ」
と思うのも、
「きっと叶えてくれる」
と信じるのもご自由でございます。

市街地図を眺めても面白いのであります。
官庁があり、学校があり、病院があり、飲み屋街が並び、パチンコや映画などの遊戯施設があり、ショッピングモールがあって、お寺があります。
たぶん、住民の頭の中がこのよーにできていて、街々が特徴があるのは、地域によって思考回路がすこしずつ異なるからでございましょう。

はじめて訪れる街だというのに、
「あっちは駅だろう」
「こっちがわにはオネェ様のお店が並んでいるに違いない」
この予感がピタリと当たる街があるかと思うと、エロ酒場を求めて向かっても、神社などにたどり着く結果となる街もございます。
おそらく自分の思考回路と共通する住民がいるか否かの違いなのだと思っておりますです。

とはいえ、宇宙開発が進められているこの世界で、いまだに神社でお祈りをしたりするのは、思えば、不思議でございます。

ただ言えることは、
「強い願望は叶えられない」
この運命の原則があるからなのかもしれません。
あまりにも強い願望は、ぎゃくに悪い結果につながったりいたします。
「騙された…」
「期待ハズレだった」
など。
いちど諦めることで、はじめて望みが叶えられるよーであります。

むかしから「人事を尽くして天命を待つ」などと言われておりますが、これは「期待する」ことではなく「いちど諦めること」を言っているのだと私メは解釈していますです。
神社にお祈りする場合も、その気持ちが働いていれば、望みが叶うよーでございます。

探し物や、恋愛なども、いちど「どーせ、だめだよな」と諦めると、向こうから出てくることがホトンドでございますです。