2022
01.27
01.27
思い出したくもない思い出は、どなたにもあると思いますです。
私メは、そのよーな過去の遺物を大きな木箱に入れ、物置の隅に安置しておりますです。
いつか処分しなければ、死んだときに、
「うへぇ!」
と笑われるだろうことは目に見えております。
それなのに踏ん切りがつかないのは、
「しょせんは、おめぇはこの程度よ」
自虐の快感に浸りたくなるからでありましょーか。
『独立自尊』
この額は、祖母が私メのために取り寄せたものでありました。
「部屋の長押に掛けよ」
とうぜん、ひとつも嬉しくありません。
これ以外にも『根性』の二文字の額もございます。
これらを見るにつけ、よほど私メの将来を心配してくれたのだと思いますです。
18歳になり京都に進学したとき、猛反対したのは祖母でありました。
「ぜって、はぁ、外国のオナゴか、髪っこ赤ぐしたオナゴば連れでくるに相違ねんでがんす」
反対の理由は、ただひとつ、コレでありました。
祖母は私メを医師にしたかったよーであります。
が、易者になり果てたのでございました。
最初の本を出した時、祖母はまだ健在で、私メはすこし得意になって、祖母に贈呈したしました。
翌日、「読ませで、はぁ、いただきました」と言い、つづけて、
「誰かの本を盗作したんでがすっぺ?」
驚くというより、あっけにとられるというより、いまだに信頼はまったくされていないのだと痛感した次第であります。
そして、しみじみ『独立自尊』の額を見下ろしていますです。
根性も、自尊もまだまだでありますが、「独立」だけは、なんとか保っているよーな気がいたします。
オショシイ思い出の一端をご披露したかったのでありますが、あまりにもオショシ過ぎて、「とてもとても」でございます。